2014年7月23日水曜日

My Recommendations No.14 「海の見える病院、語れなかった『雄勝』の真実」

美波町由岐病院院長で医学部臨床教授の本田壮一先生が、ご推薦図書「海の見える病院、語れなかった『雄勝』の真実」(辰濃哲郎著 / 医薬経済社)の書評を書いてくださりました。
本田先生、ご協力ありがとうございました。

さっそくご紹介します。

10年前より、郷里の由岐病院(50床、常勤医師3名、3階建)に勤務しています。当院は、徳島市から南へ40kmの海部郡美波(みなみ)町にあります。美波町は、地震・津波の災害の歴史があり、康暦(こうりゃく)の碑(1380年)という日本最古の津波災害の慰霊碑が、現存しています(最近、災害遺産として申請の動きがあります)。  私は内科医で、医学部5・6年生のクリニカルクラークシップの実習を、受け入れています。住民の高齢化、過疎などによる人口減少とともに、2011年の東日本大震災後は、地域住民の災害対策を、実習で紹介しています。  当院は、港から約50メートルにあり、埋め立て地に立地し、建物は古く(築35年)、津波では被災しやすい病院で、2年後に高台移転の予定です。  最近、東日本大震災で被災した病院のルポを読み、他人ごととは思えず、紹介する次第です。
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「雄勝(おがつ)」は宮城県石巻市にあり、旧雄勝町は人口4,000人弱、65歳以上人口45%の超高齢化の漁業の町。雄勝病院は公立病院で、2名の医師で診療が行われていました。海(湾)に接し病院は3階建てで、その高さは10mでした。  今回の大津波は10mから12mを超えて屋上に押し寄せました。そのため、入院患者40名(全員、平均年齢は85歳)、職員24名(院内にいた28人のうち)が、犠牲になったとのことです。  生還者や、目撃者の証言からの生々しい津波の様子に、改めて災害の大きさを感じました。亡くなった鈴木副院長(58歳)の財布の中身は、涙をさそいます(第4章)。故狩野院長(62歳)も、月に20日前後の当直をこなし、仙台市の自宅に帰れるのは、金曜日だけだったとのことです。  南海トラフの巨大地震が予測される美波町由岐にある当院は、被災した雄勝病院と規模、建物、スタッフがよく似ています。クリクラ実習で来院の際は、是非、災害時に医師、メディカルスタッフらの行動について再考してください。  医学、医療を目指す学生の皆様に、一読を勧めます。 


1階中央My Recommendationsコーナーに展示していますので、どうぞご覧ください。